50年後の三兄弟
三男が異星に旅たち、50年が経ちました。
兄たちの残った星は、残念ですが、温暖化を止めることができず、気候変動による猛暑や災害が頻発化する状態になってしまいました。
その影響で、食料や水が不足することも増え、毎日どこかで奪い合いの紛争が発生しています。
三分の一の人口を削減しても、経済と人口の大きさを競いあう暴走は改めなかったので、いくらも経たないうちにリストラの効果を使い果たしてしまったのでした。
では、星に残った2人の兄はどうしているでしょう。
長男は、いま73歳です。
腰が曲がり、関節痛に悩まされる不自由な体ですが、働かないと食べていけないので、夜9時から翌日の正午まで、低賃金のきついバイトをかけもちでやっています。
家は災害で失ってしまいました。家族で命が助かったのは彼だけです。
いまは古ぼけたアパートで、似た境遇の老人と共同生活をしています。
悲惨な老後に見えますが、どこもこのような老人で溢れています。
超少子高齢化社会や度重なる災害などで国家財政が悪化し、年金や医療保険などの社会保障制度を維持できなくなってしまったからです。
そのため、体の具合が悪くても病院にいけない老人が増え、50年前より平均寿命は15年も縮まってしまいました。
つぎは次男です。
次男は、生きていれば70歳でした。
45歳の誕生日の夜、ひとり寂しく亡くなったのです。
病気や事故、災害が、彼の命を奪ったのではありません。
彼の命を奪ったのは、強盗でした。
強盗に目をつけられたのは、次男は名の知れたお金持ちだったからです。
彼はアンチを多くもつ有名人でした。
なので、彼がそういう目に遭って喜んだ人がけっこういました。なかには、強盗を法にかわって悪を成敗したヒーローであると称える声もありました。
なぜ、次男はそれほどまでに嫌われたのでしょう。
彼は、無駄なことにエネルギーを使う人をバカにしました。たとえば、自分が不幸なのは世の中の仕組みがおかしいからだと考え、社会を変えることに情熱を注ぐような人です。
それよりも、その社会をうまく利用できる人間に自分を変えたほうが、手っ取り早く幸せになれるというのが彼の処世術でした。
彼は大学を卒業すると、時代の最先端をゆくビジネスが学べる会社に就職しました。そしてそこである程度スキルを身につけると、物価と税金の安い新興国に生活拠点を移し、そこで起業しました。競合相手の少ない新興国なら、卓越したスキルをもっていなくてもお客に困らないし、そのスキルを教えるビジネスもできると考えたのでした。
彼の戦略は的中し、わずか3年で成功者になれました。その実績を武器に、インターネットを活用して広い世界から顧客を増やしました。コスト面において有利な新興国の利点を活かせば、価格競争力のある商売ができることも武器になったのです。
次男は有名になるにつれ、彼に憧れる信者が爆発的に増え、その処世術を真似る若者も急増しました。
しかし彼より優れたスキルをもつ人には、その商売の実態がわかります。人気にだまされてはいけないという声が彼らからあがると、彼に嫉妬を抱く人たちが便乗して誹謗中傷が激しくなり、次男はいつしか詐欺師のレッテルを貼られてしまったのです。
犯罪者でもないのに白い目で見られるのは、彼の生き方が反感を買ったのかもしれません。
次男の理想とする成功者の姿は、賢く稼いで早期リタイアを実現する人でした。
なので、安い給料でこき使われて一生を終えるサラリーマンをバカにしました。
次男の商法は、サラリーマン人生の損をあおることで自分を見習う信者を増やし、彼らをカモに利益をあげるというものでした。
異常気象による災害で生活苦にあえぐ人たちには、それは勝ち逃げをする許しがたい行為でした。彼らは富裕層を恨んでいました。環境よりも金儲けを優先する金の亡者らのせいで、自分たちがひどい目に遭っていると考えたからです。
だから彼らから見ると、次男は立派な犯罪者に映ったのでした。
さて残るは、兄弟のなかで唯一、異星で暮らす道を選択した三男です。
彼はどうなったでしょう。
三男は、いま67歳です。
一戸建ての家に、妻と長男夫婦、2人の孫と暮らしています。ほかに2人の子供がいますが、みな近所に暮らし、幸福な家庭をもっています。
三男は実年齢よりも10歳若く見え、健康そのものです。今も短時間の軽い仕事をしたり、農作業をしたり、趣味のスポーツを楽しんだりと元気に活躍しています。
彼は毎晩眠りにつく前、この星に移住して良かったとしみじみ思います。
移住した当初は、兄たちが心配したように、開拓者の苦労を味わいました。
しかし今となれば、それもかけがえのない思い出です。
移住者たちは、故郷の星と同じ失敗をしてはなるまいと、知恵と技術を出しあって理想社会の建設に燃えました。
その甲斐があって、環境に重い負担をかけずに発展していける社会を実現し、誰もが心穏やかに暮らせる幸せな日々を手に入れることができたのです。
次男はそういう生き方を要領が悪いと馬鹿にしましたが、三男は山頂から絶景を眺めるような達成感を味わっています。
彼の歩いてきた道のりが険しい山を登るように楽でなかったからこそ、高い充実感を味わえるのです。
励まし助けあった仲間は、彼の一生の財産です。
3人の兄弟の話はこれで終わりです。
ここから先は、移住者たちがつくった理想社会を紹介します。
表裏一体の関係にある経済と環境の両立をどのような方法で克服し、誰もが幸せになれる社会を実現したのか見てみましょう。
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