異星移住に悩む三兄弟
いまから50年前、地球から遠く離れたある星での話です。
そこに3人の若い兄弟が住んでいました。
長男は23歳、次男は20歳、三男は17歳で、三人とも見た目はちょっとアルパカ似。でも性格はそれぞれ全く違っていました。
長男は臆病な性格、次男は世渡り上手、三男は冒険を好む性格でした。
ある日、3人は将来の方向性について話し合いました。
きっかけは、異星への移住希望者を募集するニュースです。
三男は興味津々でしたが、上の2人の兄は乗り気ではありませんでした。
異星への移住は、この星にとって初めての挑戦です。
探査機が調査した結果、一応は居住に適しているという話ですが、実際に住んでみないと何が起こるかわかりません。
その前にその星に着くまでに半年もかかり、途中で命を落とすリスクもあります。
また、無事到着できても、そこは未開の地です。ジャングルには、猛獣がいるかもしれません。移住者はそういう危険な環境で、ゼロからすべてをつくらなければならないのです。
危険な目に遭い、苦労をするのは目に見えています。
喜んで応募するのは、相当クレイジーです。
末っ子が馬鹿な冒険をしないように長男は説得をはじめました。
しかし三男はこう反論しました。
「この星に残っていたって明るい未来が待っているとは思えないよ」
「そ、それは…」
そう言われると、長男は返す言葉が見つからず、顔を暗くしました。
3人の兄弟が住む星は、行き過ぎた経済活動の結果、星の環境がひどく損なわれ、あと半世紀で居住可能な星でなくなると予見されるほど、危機的な状態にありました。
事態の悪化を止めるには、経済を小さくする他ありません。
しかしそうすると、貧困が急拡大し、餓死者が続出する事態になってしまいます。
増え続ける人口を養うためにも、経済を大きくするのをやめるわけにはいきません。
環境をとれば社会が死んでしまうし、経済をとれば星が死んでしまう…。ピンチを脱する名案が浮かばず、その星の人たちは途方に暮れていました。
そこで出された奇策が、異星への移住なのです。
偶然、居住に適した星が発見されたことで発案されました。
ただし、新天地となる星は、この星の三分の一の大きさです。
つまりその星に移住できるのは、この星の三分の一の人たちだけなのです。
移住には大きなリスクがあるにしても、もたもたしていたら千載一遇のチャンスをのがしてしまいます。移住に拒絶反応を示す兄たちの気持ちが三男には理解できませんでした。
「お前はお人好しだなぁ」
次男は、その思いを必死に伝えようとする三男を鼻で笑いました。
「ど、どういうことだよ!」
「まぁ、落ち着いて考えてみろ」次男は、怒りで前のめりになった弟の肩を押し戻しました。「お前人減らしって言葉知っているか?」
「多すぎる人を減らすってことだろ」
「大正解」次男は拍手をしてから弟を指差しました。「移住をすれば、お前は人減らしをされる側になってしまう」
「うっ…」
瞬間凍結したように表情が青く固まった三男を見据えて、次男は落ち着いた口調で言いました。「この移住プロジェクトの本当のねらいは、この星の環境問題を解決することにある。そう俺はにらんでいる。三分の一の人口が減れば、簡単に経済を小さくできるからね」
「そうか!」長男はぱっと顔を輝かせ、弾んだ声をあげました。「良かった、ここに残るほうが正解で。これで、この家を守っていける」
「なぁ、わかっただろ」次男は勝ち誇った表情で弟の肩を優しくたたきました。「お前もここに残れ。ここに残ってうまくやったほうが、人生ハッピーになれる」
三男はきつく目を閉じ、しばらくうつむいて考えていましたが、やがて顔をあげ、
「僕は移住する道を選ぶよ。そしてその星で、ここと同じ失敗をしない世界をみんなで力をあわせてつくってみせる」
と力強く言いました。
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最初の記事(続き物になっています。最初から読んでいただくと理解が深まります)
目次
50年後の三兄弟
三男が異星に旅たち、50年が経ちました。
兄たちの残った星は、残念ですが、温暖化を止めることができず、気候変動による猛暑や災害が頻発化する状態になってしまいました。
その影響で、食料や水が不足することも増え、毎日どこかで奪い合いの紛争が発生しています。
三分の一の人口を削減しても、経済と人口の大きさを競いあう暴走は改めなかったので、いくらも経たないうちにリストラの効果を使い果たしてしまったのでした。
では、星に残った2人の兄はどうしているでしょう。
長男は、いま73歳です。
腰が曲がり、関節痛に悩まされる不自由な体ですが、働かないと食べていけないので、夜9時から翌日の正午まで、低賃金のきついバイトをかけもちでやっています。
家は災害で失ってしまいました。家族で命が助かったのは彼だけです。
いまは古ぼけたアパートで、似た境遇の老人と共同生活をしています。
悲惨な老後に見えますが、どこもこのような老人で溢れています。
超少子高齢化社会や度重なる災害などで国家財政が悪化し、年金や医療保険などの社会保障制度を維持できなくなってしまったからです。
そのため、体の具合が悪くても病院にいけない老人が増え、50年前より平均寿命は15年も縮まってしまいました。
つぎは次男です。
次男は、生きていれば70歳でした。
45歳の誕生日の夜、ひとり寂しく亡くなったのです。
病気や事故、災害が、彼の命を奪ったのではありません。
彼の命を奪ったのは、強盗でした。
強盗に目をつけられたのは、次男は名の知れたお金持ちだったからです。
彼はアンチを多くもつ有名人でした。
なので、彼がそういう目に遭って喜んだ人がけっこういました。なかには、強盗を法にかわって悪を成敗したヒーローであると称える声もありました。
なぜ、次男はそれほどまでに嫌われたのでしょう。
彼は、無駄なことにエネルギーを使う人をバカにしました。たとえば、自分が不幸なのは世の中の仕組みがおかしいからだと考え、社会を変えることに情熱を注ぐような人です。
それよりも、その社会をうまく利用できる人間に自分を変えたほうが、手っ取り早く幸せになれるというのが彼の処世術でした。
彼は大学を卒業すると、時代の最先端をゆくビジネスが学べる会社に就職しました。そしてそこである程度スキルを身につけると、物価と税金の安い新興国に生活拠点を移し、そこで起業しました。競合相手の少ない新興国なら、卓越したスキルをもっていなくてもお客に困らないし、そのスキルを教えるビジネスもできると考えたのでした。
彼の戦略は的中し、わずか3年で成功者になれました。その実績を武器に、インターネットを活用して広い世界から顧客を増やしました。コスト面において有利な新興国の利点を活かせば、価格競争力のある商売ができることも武器になったのです。
次男は有名になるにつれ、彼に憧れる信者が爆発的に増え、その処世術を真似る若者も急増しました。
しかし彼より優れたスキルをもつ人には、その商売の実態がわかります。人気にだまされてはいけないという声が彼らからあがると、彼に嫉妬を抱く人たちが便乗して誹謗中傷が激しくなり、次男はいつしか詐欺師のレッテルを貼られてしまったのです。
犯罪者でもないのに白い目で見られるのは、彼の生き方が反感を買ったのかもしれません。
次男の理想とする成功者の姿は、賢く稼いで早期リタイアを実現する人でした。
なので、安い給料でこき使われて一生を終えるサラリーマンをバカにしました。
次男の商法は、サラリーマン人生の損をあおることで自分を見習う信者を増やし、彼らをカモに利益をあげるというものでした。
異常気象による災害で生活苦にあえぐ人たちには、それは勝ち逃げをする許しがたい行為でした。彼らは富裕層を恨んでいました。環境よりも金儲けを優先する金の亡者らのせいで、自分たちがひどい目に遭っていると考えたからです。
だから彼らから見ると、次男は立派な犯罪者に映ったのでした。
さて残るは、兄弟のなかで唯一、異星で暮らす道を選択した三男です。
彼はどうなったでしょう。
三男は、いま67歳です。
一戸建ての家に、妻と長男夫婦、2人の孫と暮らしています。ほかに2人の子供がいますが、みな近所に暮らし、幸福な家庭をもっています。
三男は実年齢よりも10歳若く見え、健康そのものです。今も短時間の軽い仕事をしたり、農作業をしたり、趣味のスポーツを楽しんだりと元気に活躍しています。
彼は毎晩眠りにつく前、この星に移住して良かったとしみじみ思います。
移住した当初は、兄たちが心配したように、開拓者の苦労を味わいました。
しかし今となれば、それもかけがえのない思い出です。
移住者たちは、故郷の星と同じ失敗をしてはなるまいと、知恵と技術を出しあって理想社会の建設に燃えました。
その甲斐があって、環境に重い負担をかけずに発展していける社会を実現し、誰もが心穏やかに暮らせる幸せな日々を手に入れることができたのです。
次男はそういう生き方を要領が悪いと馬鹿にしましたが、三男は山頂から絶景を眺めるような達成感を味わっています。
彼の歩いてきた道のりが険しい山を登るように楽でなかったからこそ、高い充実感を味わえるのです。
励まし助けあった仲間は、彼の一生の財産です。
3人の兄弟の話はこれで終わりです。
ここから先は、移住者たちがつくった理想社会を紹介します。
表裏一体の関係にある経済と環境の両立をどのような方法で克服し、誰もが幸せになれる社会を実現したのか見てみましょう。
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